私と同時に教職を退職した妻は、物を書くことを楽しむようになった。新聞や機関紙にせっせと投稿したり、随筆や童話、小説なども手掛けて作品募集に応募している。
そんな三月のある日、ある出版社から妻に連絡が入った。「応募された童話を出版されませんか。」と。自費出版であるからそれなりの費用が掛かる。妻は即座に断ったそうだ。しかし三カ月後に再び「金額を下げますのでいかがですか。」と話があり、その時も妻は「金額に見合うような作品ではありませんから。」と承諾しなかった。そして既に忘れかけていた八月に三度目の電話があった時、妻は私に「どう思う?」と相談してきた。日頃から妻の熱心な執筆ぶりを知る私は、「そこまで担当者が一生懸命になるのは、作品にそれだけの価値があるからだよ。思い切って出版してみたら。どんな人が読むのだろうと考えるのは楽しいじゃない。いい記念にもなるし。費用は僕が出すよ。」と妻の背中を押した。

正式に契約を結ぶと、編集者がついて出版に向けての打ち合わせが始まった。発行部数は三百五十部。全国の書店に並ぶと共に、ネット書店でも販売されるという。

書名は「ついてない幸せ」というが「今回のことは逆に『ついてる幸せ』だね。」と妻と顔を見合わせて笑った。

絵本の刊行は七月。自分のことのように嬉しく、その日が待ち遠しい。